プノンペン市(Phnom Penh)    シハヌークビル(Sihanoukville)  シェム リアップ(Siem Reap)

 

 

 

 

 カンボジアの魚の話

伊藤 進
JICA専門家(水産)
 

  カンボジアには海がありますが、世界に類を見ないほどの淡水魚王国です。 日本ではライギョはガイギョ(害魚)で撲滅の対象になっていますが、白身で美 味しく高級魚で、有史以来クメール人は淡水魚を好んでいました。この淡水魚の豊かさはメコン川とトンレサップ湖の位置関係に秘密があるのです。

 カンボジアの中央からベトナム側は広大なメコンデルタです。プノンペンからシェムリアップまで国道6号線で300km以上くらいありますが、8mくらいしか高低差がありません。例年雨期になると中国やラオスで降った雨でメコン川の水位が上がり、広大な浸水地となります。

 乾季には多くの魚はどこにいるでしょうか? 勿論トンレサップ湖にもいますが、親の魚は何とメコン上流のKratie、Stung Treng にいるのです。ここには水深50〜60mの深淵(Deep poolと言っています)がいくつもあり、ここで乾季を過ごします(当然Deep poolは禁漁です)。雨季になり激流となると、ライギョやナマズは急流に逆らえません。アユやニジマスとは違うのです。

 

 浸水林(Pursat)

 親魚は流され、Kampong Chamあたりから川はオーバーフローします。そして田んぼや藪に行くのもありますが、プノンペンまで流されるとそこにはゆっくりとした流れのトンレサップ川があり、本流は激流です。これ幸いとトンレサップ川に入り、ゆっくりと流れに任せると広大なトンレサップ湖に着きます。湖の周囲は段々と浸水し、田んぼから森や藪まで浸水です。そして浸水した森や藪(浸水林、Water Forestといいます)で産卵し、稚魚が育つのです。雨季の増水期ではトンレサップ川は産卵親魚を保護するため禁漁です。

 

 浸水林は非常に大切です。単なる荒れた林に見えますが、そうではないのです。しかし現在どんどん浸水林が不法伐採されています。土地の所有制度が確立していないこの国では、浸水林地帯を“開墾”し、何年か耕作すると自分の所有になると聞いたことがあります。また、2001年の漁場開放で、Fishing Lotというフランス植民地時代から続いている伝統的な竹製の“超大型定置網”の漁場の半分が一般に解放され、自由に漁業が出来るようになりましたが、従来Fishing Lotの免許者に義務づけられていた浸水林の保護がなくなり、解放漁場では不法伐採を監視する人がいなくなり、やりたい放題になっているのが現状です。
 

Dai漁業の漁獲風景 

 乾季となり水位が下がってくると、魚は浸水林から湖心に向かってそれこそ湧いたように出てきます。ここで漁業開始です。Fishing Lotが魚達を待っています。湖面に数kmの竹柵(垣根のようなもので垣網といいます)を張り、魚を通せんぼします。魚は柵に沿って深みに、深みへと行きますが、そこには大きな竹篭が待っており、一旦入ったら出られません。しかし森から出来た魚が全部獲れる訳ではありません。多くは湖からトレサップ川へと移動しますが、川ではDai漁業が待っています。Dai漁業とは川を竹柵で仕切り、3箇所ほどに直径4〜5m、長さ150m〜200mの袋状の網(Bag net)を仕掛けます。水の流れとともに流れてくる魚を漁獲します。でもDai漁業では船の航行や全部取り尽くさないために川幅の3分の1空けることになっています。川が2本に分かれている所では、全面に仕切ることもありますが、もう一つの支流ではDai漁業はありません。メコン本流へ魚を返すのです。そしてKratieやStung Treng に帰って行き、翌年の洪水を待つのです。Fishing LotもDai漁業も免許制です。トンレサップ湖やメコン川では刺網や巻網もありますが、この国ではFishing Lotや Dai漁業が主体で、日本が得意とする魚を追い回して取る漁業より魚任せの“待ちの漁業”です。この方が私たちの専門用語でいう漁獲努力量(CPE、Capture per Effort)が小さく、資源が長持ちする漁業です。そして、カンボジアの魚はMigrant(渡り鳥と訳しますが、このような“渡り魚”の場合でも使います)だったのです。

 プノンペンには最高水位の記録が100年前から残っています。現在はプノンペンで8mくらいの水位上昇ですが、第2次世界大戦前までは何と11mもあったのです。フランス植民地時代には今よりも3mも水位が上がっていたので、今以上に数キロか十数キロも奥まで浸水しており、浸水林の不法伐採がなかったでしょうから広大な産卵場が確保されていましたし、漁獲努力量も余り大きくなったと思います。アンコールワットの壁画には数多くの魚
がレリーフされています。昔はトンレサップ湖を歩くと魚を踏みつぶしたという話を聞きますが、あながち嘘ではないように思えます。そのくらい豊かな資源だったのです。そして、トンレサップ湖は面積が乾季には4分の1、水深は3分の1、つまり水量は12分の1になり、雨季には12倍になりますから、水の交換の良い湖と言えるでしょう。
 

河原で自家製プラホック作り

もし、もし、トンレサップ 川がメコン川と繋がらなかったらどうなっていたでしょうか? トンレサップ湖は水位変動のない単なる水溜まりとなり、クメール王朝は出来たのでしょうか? そのくらいメコン川の水位変動はこの国の水産資源にとって重要なものです。琵琶湖や霞ヶ浦は閉鎖水域ですので、Carrying Capacity (環境収容力)といって餌に見合った親魚の数で世代交代をしていますが、毎年親がよそから来て産卵するので、琵琶湖、霞ヶ浦に比べ単位水量当たりの生産性は桁違いに大きく、驚きました。
 

野宿風景(Kampong Chhnang)

 12月から1月に湖畔や川岸では“異様な”集落が出現します。村人のプラホック作りです。プラホックは市販していますが、漬け物のように自家製でなければダメという人も多く、我が家自慢のプラホック作りに精を出します。12月、1月の旧暦の10日から12日頃はFishing Lot漁業やDai漁業の最盛期で、湖や川では毎日数十トンと大漁です。この時期に稲刈りが終わった農民達が集落毎に牛車や大型リヤカー付きバイクで湖畔にやって来て取れたばかりの小魚で自家製のプラホック作りに励むのです。小魚を1キロ200リエル程度で買い、頭を取り、内蔵を出して洗って、塩をまぶす。これだけの工程ですが、1家族当たり50Lポリバケツ2杯分くらい必要だそうで、1年分を作るには5日くらいかかるので、その間野宿です。稲刈りの終わった田んぼに青いシートを張り、鍋、釜を持って来ての自炊です。何と牛のエサまで持って来ます。煮炊きした後の残り火で今度は燻製作りです。これも1年分作ります。数千人の野宿集落が田んぼに出現し、国道5号線からの狭い道は作り終わった牛車とこれから行く人たちで混雑しますが、これは稲刈り後の風物詩になっています。
 


魚ではないおまけの話

 Battambangのワニ養殖場

 アンコールワットの壁画にはワニが描かれています。昔はトンレサップ湖にもいたのでしょうか? 現在、ワニに食われたという話は聞かないので、生息していてもごく少ないでしょう。しかしトンレサップ湖周辺ではワニ養殖が盛んです。湖畔ではなくやや内陸部です。高さ2m以上のコンクリート壁で囲まれた中で飼っており、もし落ちたら一巻の終わりです。マレーシアのワニ養殖業者の池に行った時、マレーシアのワニの肌はキメが荒く安いが、インドシナ(多分カンボジアも含まれる)のワニの方が肌のキメが細かく高く売れるからインドシナのワニを入れようかと思っているが、マレーシアのワニはおとなしいがインドシナはどう猛で飼育員が怖がって飼えないと業者が言っていた話を思い出しました。2005年の“漁獲”統計では何と12万匹出荷されています。中国に輸出していることは知っていましたが、ある人によると輸出先は中国の何と雲南省だそうで、メコン川を遡って輸出し、ハンドバックやベルトになってメコン川を下り、シンガポールまで流れて行くのでしょう。Siem Reapではワニのステーキが食べられるそうですが、チャンスがなくて味は知りません。

 次はジュゴン(Dugong)です。 人魚のモデルになったり、胸に抱いておっぱいを与えている絵がありますが、勿論哺乳動物ですから、赤ん坊におっぱいを与えますが、抱くかどうかは分かりません。実はカンボジア海域を含めたシャム湾にもいるのです。生息数は分かっていません。軽飛行機で空から生息数の調査を行ったこともあるそう
ですが、残念ながら数は分からなかったそうです。

Kampotで漁網にかかったジュゴン水産局Mr. Pich Sereywath氏撮影)

 ジュゴンの食べ物は海草です。アマモのような水草です。ジュゴンを漢字で書くと海牛です。牛のように海底の草をムシャムシャと食べます。食べた跡は稲を刈ったように見事に1条の筋が海底に付きます。カンボジア政府は海草海域(藻場といいます)を保護しています。藻場はジュゴンに限らず多くの魚の産卵場でもあり、稚魚の成育場です。Koh Kongの南端、Kampot、Kep3カ所に海草保護区があります。現在ジュゴンは保護動物です。カンボジア政府は漁民に対してジュゴンを獲らないよう、もし網にかかったら放すように村々を回り漁民に言っていますが、ジュゴンはまれに漁網かかるようです。肺呼吸ですからすぐに放さなければ溺死します。
 

 タイでは日本の研究所と共同でジュゴン保護プロジェクトが行われています。
 


Kratieのメコンイルカ (Ms. Isabel Beasleyより提供)

 次はメコンイルカです。 メコンイルカはメコン本流のKratieとStung Trengあたりに100頭前後いると推定されています。いずれも観光資源として重要です。
 

  このイルカはIrrawaddy Dolphinで、Irrawaddy Dolphinは海にもいますが、淡水に持ってくると死んでしまい、同様にメコンイルカを海に持って行ってもと死ぬそうです。これは長い進化の過程で、同種といえども海と川の行き来は出来なくなったようです。ですから、メコンイルカが少なくなったからといって同じ種の海のIrrawaddy Dolphinを持ってきてもダメです。カンボジア政府はイルカ生息地を禁漁区にしていますが、イルカには禁漁区とその外の区別は出来ません。気ままに泳ぐので禁漁区の外に出て、まれに漁網にかかってしまいます。肺呼吸ですから数分で呼吸が出来なければ死んでしまいます。でもイルカのためにKratieとStung Treng2州のメコン本流を全面禁漁にはできません。数千トンの魚を捕って生活している人がいるので、悩ましい問題ですが、禁漁区を広げました。

ここで、皆さんがボートに乗ってイルカウォッチングに行ったとき、イルカを見つけるコツをお教えします。広い水面です。どこを探して良いか分かりません。しかし水面に波がなければじっと水紋(水面に出来る輪の波紋)を見つけることです。イルカは数分で呼吸をするため浮いてきます。このとき水紋が出来ます。水紋を見つけたら、そこを中心にじっと目をこらします。次の水紋を見つけたらどちらに移動しているか分かりますから、その先を探します。運が良ければジャンピングが見られるかも知れません。(終)