プノンペン市(Phnom Penh)    シハヌークビル(Sihanoukville)  シェム リアップ(Siem Reap)

 

 

 

 

数学者であり大道芸人であるピーター・フランクル氏。

日本を知る「国際人」がカンボジアの町で見つけたものたち。

取材協力:日本料理「おりがみ」

 

はうとぅ編集部(以下HT): カンボジアにいらしたのは何度めですか。

ピーター・フランクルさん(以下PF): 2度めです。今までにぼくは、世界80カ国以上を旅したことがあるのですが、今回はカンボジアのほかにベトナム、ラオス、ミャンマーと、東南アジアの旅行です。

PF : 昨年初めて訪れたときには、空港から街まで行く道の途中に、左手にちょうどできたばかりのCJCC(カンボジア日本人材開発センター)の建物が見えたから、あれはなんだろうと気になって、翌日バイクの後ろに乗って行ってみたんです。そしたら、ちょうど開所式のセレモニーの最中で、ぼくも中に入ってうろうろしているときに、CJCCの所長が声を掛けてくださり、館内を案内していただけるということになりました。そのときに学生とちょっと日本語で話したり、漢字のおもしろい見方を披露してみたりしました。その後に日本語の補修校の生徒や父兄の方たちの前で大道芸を演じたりして、交流が始まりました。カンボジアを出た後もメールのやり取りがあったりして、今回カンボジアに寄ると伝えたら、ぜひぜひ……とおっしゃってくださって、今回は4日間の滞在の予定を立てました。

 

HT : カンボジアにて、何を見、何をなさいましたか。

PF : 昨日はCJCCで講演を行いました。「アート・オブ・コミュニケーション」という題目で。学生たち向けの講演で、みなさん日本語を勉強してまだ1年くらいだということで、英語で行いました。ぼくはだいたい11カ国語話しますが、
大道芸のときもただ黙々とではなく、冗談を飛ばしたりして、見ている人とできるだけコミュニケーションを取りながらやります。が、言葉ができないと、少し自分でもいらいらしてしまう。だから外国に出かけるときには、その国の
言葉を少し勉強しておく。そんな風にして、ちょこっと話せる言葉はあと20カ国語くらいあると思います。急いで勉強して早く覚えた言葉は、使わないでいると忘れてしまうのも早いですけれどもね。

 講演中にも話したのですが、世の中ではある程度教育を受けた人たちの間では、英語は世界どこでも通じるとされてはいますが、ラオスやカンボジアや小さな国々では、現地の言葉を少し勉強するだけでも相手の人たちの態度も違ってきます。それは、その国と現地の人たちに対する敬意だと思っています。文化を尊重することでもあり。

 

HT : そうですね、こちらも歩み寄っているよということを示すことになる。

PF : やっぱり、やって来たのはぼくの方なんですから。ここの人たちが日本に来て、ぼくがカンボジアの言葉を話せないのは当たり前ですけれど、でもこっちにやって来たならば、多少であってもクメール語を使うべきだと思いますよ。

 もちろん、本格的に勉強しようと思ったら大変ですねえ。クメール語は書き方もたくさんあって、文字を覚えようと思ったら、日本の平仮名を全部覚えるのと同じくらいの努力が必要だと思いますけれど。

 でもそうじゃなくて、基本会話に必要な、日常単語を20個、30個覚えるのは、日本からここまで来る飛行機の中でも……たとえば聞いて覚えるCDもあるでしょう、充分勉強できると思いますね。

HT : たとえば挨拶だけでも。

PF : そうそう。ぼくがどこの国に行ってもまず、一番最初に勉強しておくのは、……「ソムト、クニョム、オッチェッ、クマエ」、ごめんなさい、ぼくはあなたたちの言葉がわかりません、というフレーズです。本当は勉強するべきだったけれども、できなかったんです、という意を込めてね。態度としては、ぼくは相手の言葉ができない、だから身を小さくしていなければいけない、と。どこの国に行っても、その同じ意味のことを覚えるのですが、でもね、どこの言葉だとしても、ある程度きれいな発音でこれを言うと……

HT : 逆に、ばーっと早口で話しかけられる?

PF : そうなんですよ、みんな笑って、できないって、何だ今喋っているじゃないかー! って。今朝も大道芸を披露しに、貧しい人たちが住む集落まで行ったのですが、子どもたちの様子を見ながら……「クニョム・チョンチァッ・バラ
ン(わたしはフランス人です)」とか、「クルー・カッナッヴィッチーア(数学の先生)」とか、「クニョム・ゥロッ・ナウ・プロテッ・チョポン(日本に住んでいます)」とか言ったら、すっかりこちらはクメール語が話せると思ったらしく、たくさん話しかけてくる。そうなるとぼくはもう全然わからないから、一緒にいた人に訳してもらったりして……。

 いろんな旅の仕方があると思うんですよ。ある人は遺跡を見に行ったり、買い物をしたり。ぼくはそれよりも、人の暮らしを見て、そこの生活を知り、その地での人々の生きがいの素(もと)というものを探したり、そういった方に興
味があるんです。

HT : 生きがいの素。……カンボジアのそれって、何だと思いますか。もう見つけましたか。

PF : カンボジアでは見つけるのはそんなに難しい方じゃないと思いますよ、ぼくから見ても。つまりその、20数年前の、ポル・ポト時代の大変な苦しみがあったのはもちろんですけれど、今は目に見えるように経済発展して来ていますからね。数学の言葉で言うと、人々の気分は実際の生活水準によって決まるのではなくて、「微分」によって、高まったりするわけです。

HT : 「微分、積分」の「微分」。

PF : そう。要するに、今、良くなりつつあるところの人たちは、結構笑顔ですよ。前向きということなんでしょうね。カンボジアの人々は、その前向き、上に向かっていることを感じているのではないでしょうか。日本における実際の
水準はすごく高くて、この何年か政府の出している統計でも経済は発展しているけれども、でも個人レベルの消費は減っているし、一般の人たちの労働条件も悪くなっていたりして。だから日本人の方が前向きに何かを見つけるのは難しい、ということもあるかもしれませんね。本当は素晴らしいレベルに達しているのだけれどね。今日は何食べよう、でもお金がないからスーパーでお肉も買えないとかいう人は、日本ではほとんどいないでしょう。ただ、バブルの時代には豪華に、お金をたくさん遣っておいて、今は借金で大変、なんて話もよく聞きますけれどね。

HT : 初めてカンボジアにいらした1年前と今を比べても、カンボジアは変わりましたか。

 

    Origami Schoolにて大道芸を披露
PF : その間に新しい建物ができたり、ぼくが見ても前より良くなったという感がありますね。建設現場もいろいろあったり、新しい企業も増えたりして、明らかにこちらは良くなっている。その中で、若い人たちなんかは、自分らが10年20年後には結構良い暮らしができるんじゃないかって、楽しみにすることができるということですね。

HT : 若い子たちが、素敵な格好をしたい、きれいになりたいという気持ちって、原動力になるんじゃないかなと思うのですが。「きれいになりたい」と思うパワーが、ゆくゆく経済に結びついていったりして。実際、おしゃれになって、
お化粧も上手になって、とみんな垢抜けてきている。

PF : まぁもちろん、グッチのバッグとかルイ・ヴィトンとか、ここの若い子たちはあまり買わないでしょうけれどね。洋服なんか自分で縫ったりとか飾りをつけたりとか、ヨーロッパでも、若い女性たちはブランド品よりも、きれいに見せるためのいろんな工夫をしている。ダイヤや純金の代わりに500円くらいの安物でも可愛いおもちゃの指輪をしたりね。もちろんティファニーで買ったら、それは誰でもきれいなものだと認めるけれど。

 

HT : ええ、おしゃれってそういうものですよね、個性というものも、またそうやって伸びてゆくものだったりして。

PF : 田舎の方も発展しているのでしょうか。


HT : プノンペンの成長に比べると、まだまだ取り残されている感があると思います。

PF : アンコール・ワットのあるシェムリアップなんかは、観光客があれだけ来ているとすると、地元の人たちにも仕事のチャンスができて、町の発展もどんどん進み、建設業にも人手はたくさん要るだろうし、それなら失業する人も少ないでしょう。

HT : 人が、磨かれていっていると思います。外国からのお客さんと毎日接することで、実務的なトレーニングになるのでしょうね。初めてピーターさんがカンボジアにいらしたときの印象とはどんなでしたか。

PF : 来る前に見た情報では、東南アジアではカンボジアが一番危険だとあったので、でもぼくはお金持ちにも見えないし、大丈夫だろうと思ってやって来て。そうしたら、そんな言われているように危なくなんかないんじゃないかと。安全であるというのは最初の良い印象でしたね。最初はアンコール・ワットに行くつもりもなかったんだけれど……行きましたけれどね。ぼくは宗教には関心があまりないし、街をもっと見たいと思いましたから。フランス統治時代の建物が多いと思いましたね。あと面白かったし嬉しかったのが、中国語が通じるところが多く……ラオスやミャンマーではあまりなかったから。コンビニもたくさんできているんですねえ。ガソリンスタンドの中に併設されている、コーヒーをちょっと飲めるところとか。

HT : そういった場所で、地元の人たちとの交流もありましたか。

Origami Schoolにて日本の歌で歓迎

PF : 今回街を歩いて回った中で印象深かったのが、セントラル・マーケットのそばに大きなショッピング・センターがあるでしょう、あそこで会った学生の子たちに話を聞いたんですよ。あなたたちの将来の夢は? ってね。そうしたら大抵が、外資系の団体とか、NGOとか、国連とか、そういったところで働きたい、と言うんです。医者になるにしても、町で庶民の健康のために力を尽くしたいというよりも、エイズ患者支援のために外国から来た団体とか、そっちの方に目が向いている。大学に行っていると言っていたけれど、英語もよくできたし、優秀な学生さんなのかもしれませんね。しかし給料のことを考えると納得もいくけれども、まだここの国の人たちは直接自分の国を良くしたいと思うよりも、まず自分自身の欲とか経済的充実を満たしたいという感情の方が強い。でもそれはカンボジアに限ったことではなく、得てして発展途上国には多いことだと思います。ただ、そこから始まるものなのではないかとぼくは思うんです。そういった一部の優秀な人やお金持ちが一足先に歩いて、そして内需拡大となる。その人たちのニーズのために、じゃあ今度は国内で工場を造ろうなどという動きが出てくるでしょう。そうして経済が発展していって、他の人たちにも良い影響が少しずつ広がっていくわけです。


 NGOはいつまでもこの国にいるわけではなく、国がある程度のレベルに達すれば、今度は他の国で戦争や災いがあったりしてどんどん撤退してそっちのほうに移っていくんです。いつまでも外国支援に頼っているわけにはいかない。カンボジアにはもう教科書があって、学校があって、教育もちゃんと高まってくれば、人々だってもうカンボジアで学校を造ろうとばかりはしていない。

HT : カンボジアにとって、NGOが撤退していくときは、国が発展していっているという良いサインになるわけですね。カンボジアの将来にこれから必要なものは何だと思いますか。

 

PF : 産業ではないかと思います。農業だけでは、本当の経済発展にはなかなか繋がらない。付加価値が必要です。たとえば、日本では天然資源がなかったり、自分たちの食物も作っていなかったりするけれども、原料を輸入して、それで加工して付加価値をつけてまた輸出したりもしているでしょう。自分たちの持っているものを最大限に活かすには、工夫をしなくてはならないと思います。

HT : そのための知恵を、学んでいる最中なのだとも言えるでしょうか。

PF : そうですね。人々にまず必要なのは、やはりある程度の教育と言えるでしょう。なにごとも学ばなければできないし、産業の勉強を始めるためにも基礎教育が必要です。工場で簡単な作業をやるにしてでも、きちんと教育を受けた人の方が、最後のねじをきちんと締めるんですよ。ですから学校で、それなりの環境でそれなりの躾(しつけ)を与えなくては。宿題をきちんとやるということなり、試験の時にはきちんと答えを書いて出すということなり、そういった小さなことも教わらなくてはだめなんです。小学校を出たら小学校の先生になれるとか、中学校でも同じく、そういうんじゃなくて、きちんと指導する側の人間も育てなくては。そういった、道徳も含めた基礎教育が、国全体の人々に必要なのではないでしょうか。

 

Peter Frankl (ピーター・フランクル)
数学博士、大道芸人、ハンガリー学士院会員
1953年 ハンガリー生まれ
1978年 サーカス芸人国家試験合格
1979年 フランスに亡命
1982年 初来日
1987年 フランス国籍取得
1988年 日本在住を始める
1990年 「国際数学オリンピック」への日本チームの参加に尽力
1992年 算数オリンピック委員会専務理事就任


パリ第6大学教授、フランス国立科学研究センター上級研究員、米国ベル研究所科学コンサルタント、慶應義塾大学理工学部非常勤講師、早稲田大学理工学部客員教授、国土技術センター“道と景観の会”実行委員などを歴任。200編以上の専門の数学関係の著作論文のほか、「世界青春放浪気」と題した自伝も出版。時間の許す限り、日本全国、全世界訪れる先の路上で得意の大道芸を披露している。日本の民放テレビ番組にも出演多数。